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2015年5月30日

たんぽぽ。Dandelion "Tampopo"

2年前の記憶。。。

今日は少々長ーい覚書を。
ずっとまとめて書いておこうと思いつつ、気が付けばもう二年以上も経っておりました。

 2年前の春。

あれは、娘の生まれる予定日の1か月以上前の4月の検診で、子宮口が左にずれて骨盤の上にあるため、赤ちゃんの出口がない状態であることが判明。

この時点で、子宮口が正常位置に戻らない限りは、予定帝王切開(事前に日時を決めて帝王切開するもの)となることが決定。
もしかすると、赤ちゃんが出ようとする際に、頭でぐいぐい押して、子宮の位置を正常位置に戻してくれるかもしれないので、自然分娩の可能性もまだあったのですが、、、、

その後の検診で、逆子であることも判明。
 これで、帝王切開は間違いなしとなりました。

これらの原因は、4つある子宮筋腫のうちの2つが妊娠の影響でかなり大きくなったため。
筋腫が子宮の形を変形させてしまい、また、筋腫が邪魔して赤ちゃんもくるりと回れない状態。


しかも帝王切開方法は、現在主流の、後で目立ちにくい横切開ではなく、昔主流だった縦切開をせざるを得ないとのこと。
しかもしかも、切開場所はおへその上から、胸の下まで・・・と聞いて、これには少々ショック。。。

理由は、子宮が背中の方へ引っ張られていて、通常の切開部分では膀胱があって子宮に届かないため、膀胱を傷つけないために、かなり上を切るとのこと。
(ただし、子宮は横切開。 )

でも、結局は、手術当日の実際の状況と医師の判断で、通常の縦切開位置(おへその下)だけに変更なりました。

筋腫があるのは妊娠前からわかっていたことで、妊娠の影響で大きくなるかも?と言われていました。

26週目の2月のある日。
夜中12時半から明け方まで歩けないほどの激痛が長時間続くということがありました。
その際は、朝5時に病院に電話し、「アセトアミノフェン1000mgを飲んでも治らなかったら、また電話してください」と言われ、飲んだところ、1時間後には、長時間苦しんだ割にはあっさりと痛みが引きました。どうやら、筋腫の痛みだったらしいのです。

その頃には筋腫の一つはすでにマスクメロン大になっていて、お腹も筋腫の成長に合わせてかなり大きくなっていたので、友人に貸してもらったマタニティー服はどれも入らず、まだ6か月だというのが本当に恥ずかしくて、初めての妊娠で、妙に神経質になっていたこともあって、あの頃は人に会うのが本当に本当に嫌だったなぁ・・・・・。

ともかく、帝王切開の日にちを早々と決めたことで、つまり出産日が確定したわけで、いろいろと準備ははかどりました。

そして、肝心の当日。
1時間前に病院に行って、着替えて点滴を始めて、手術室に向かい、その後、夫が手術室用の服に着替えて入ってきて、執刀医に「はい、ではこれから始めますー」と言われて、約 15分後には、「はい生まれましたー。女の子ー!」。
その後、生まれたての娘と3人で記念撮影して、実はお産自体は、「あっけなく簡単だった」という印象です。。(私は麻酔で痛みもなく、リラックスして寝っ転がっていればいいだけなので・・・)

珍しいケースということで、研修医が数名いたのだけど、私のところからは、カーテンが張ってあるので見えませんでした。
 医師二人(実は夫婦)に執刀していただいて無事に手術を終えました。
今の時代でなかったら、母子ともにどうなっていたことか・・・・と思うと、本当に本当に、ありがたいことです。
(その後の請求金額も医師二人分で、もう飛び上がりましたが...)


出産前に、ノートにばらばらと書き留めていたことを、あちこちページをめくらなくても、どうだったか一目でわかるように、ちょっと今日は覚書でした。


それにしても、2年前の記憶というのは、かなり薄れるものですね。。。。


でも、おぎゃーと生まれた、あの瞬間の記憶だけは今も鮮明です。
きっとそれでいいんだろうなぁ。。。。

今年も、タンポポの季節まっただ中。
2年前のあの日に生まれた娘は、今タンポポ摘みが大好きです。